AI(人工知能)がAIを創るシンギュラリティを迎える時代に、子どもに何を教えるか

2017年3月2日

2045年、人工知能(AI)が人間の能力を超える「シンギュラリティー(特異点)」を迎えると言われています。

人間より賢いAIが、もっと賢いAIを創り、もっと賢いAIがもっともっと賢いAIを創る。
人間の生活はがらっと変わってしまう。

技術的特異点(ぎじゅつてきとくいてん、英語:Technological Singularity)、またはシンギュラリティ(Singularity)とは、人工知能が人間の能力を超えることで起こる出来事。人類が人工知能と融合し、人類の進化が特異点(成長曲線が無限大になる点)に到達すること。 テクノロジーが急速に変化し、それにより甚大な影響がもたらされ、人間の生活が後戻りできないほどに変容してしまうという未来予測である。

引用元:WikiPedia

かつて、狩猟時代においては、人の身体能力がそのままサバイバル能力であり、速く走れて力の強い者がたくさんの獲物を得ることができました。

でも、現代社会では身体能力はそれほど人生の質に直結しません。
速く走れなくても車があるし、非力でもほとんどのことを機械が代わりにやってくれます。

変わって重要になってきたのが知能で、IQが高い者のほうが高収入を得られる可能性が高くなっています。
医師、弁護士などの専門職、コンサルタント、トレーダーなどは高給のイメージがあります。

ただ、これらは近い将来に人工知能に取って代わられる可能性があるということです。
「判断」することが重要な仕事は、AIのほうが正確な判断をくだせるようになります。
創造性はやっぱり人間が上じゃないか?と言っても、今でも人工知能が書いた小説が結構面白いそうです。パラメーターは人が設定するんでしょうけど。

そうなってくると、「知能」ははそれほど人生の質に直結しないことになってくるかもしれません。

身体能力を必要としない現代でも、「健康のためには」運動したほうがいい、という現実がありますが、知的能力を必要としない未来では、「健康のためには」頭も使ったほうがいい、という状況になってくるのかもしれません。

身体能力も知能も、収入や地位にはあまり関係しない世界だとしたら。
社会的な価値として差が出るのは、どんな能力になるのか。

あんまりおもしろくない結論ですけど、「自分を律する力」なのかな、とぼんやりと思いました。

今でも、ITの発達のおかげで、昔は専門職につかないと難しかったことが、シロウトにもできるようになったことがたくさんあります。

昔だと、出版社に取り上げられて「作家デビュー」でもしなければ、世間に広く自分の文章を読んでもらえなかったのが、今では誰でもブログやホームページが作れます。(昔は、自分の文章が活字になって感動したみたいな話がありました)

ソフトウェアの発達で、それなりの絵や音楽を作るのも簡単になりましたし、テレビ局に勤めなくてもYouTubeに動画をアップできます。

でも、たくさんの人に支持されるには、質の良いものを継続的に発信しなければいけません。
出版社に本を出してもらうなら、編集者から原稿はまだかと催促されますが、ブログは怠けていても誰も何も言いません。誰も見なくなるだけです・・・。

AIの発達で、今よりもずっと高度なことが誰でも簡単にできるようになり、自由が増してくると、自分自身でコントロールしなければ人生が転落していくのかもしれません。

昔から、自分を律する力の高い人が成功するのは当然ですが、普通の人は外からの圧力で学校や職場に行って、規律的な生活を保つことができました。

もし、その圧力が弱まる方向で世の中が進むとしたら、子どもに身につけておいてほしいのは、「自律心」なんだろうかな、となんとなく思いました。

他に思いつくのは、「信念」とか「対人力」とか・・。
あんまりピンとこないです。
このテーマはたまに考えたいなと思います。